短歌集2

三部    喪  失


公に 人と交わる 妻たる人                            
我は密かに羨ましと思ふ                         

海外の 旅に行かむと 言ひし人                              
今は果てなむ 黄泉路に行けり                         

初春の 飾り挿すべく 玄関の                                 
上には古き 釘の痕あり                         

君に似し バイクに乗りたる 人ありき                               
逢うたびごとに 目蓋湿しぬ                         

世の人の 掟に背き 荒あらと                               
生き越し日々は 再び帰らず


白玉の 朝日に消ゆる 露のごと                              
消え去り行きて 夢人となれり                         

眉濃き 人形のごとく 納まりて                                
焼かれゆく君よ 哀れ悲し                         

愛すべき人々すべて 逝きたるに                               
野の花すべて 咲き盛りなり                         

亡き人の 影を慕ひて 今日もまた                               
愛犬連れて 丘に立つわれ                         

何もかも 忘れてみたき ここちして                              
パチンコの音に 引かれゆく我


在りし日は 疎ましき人と 思ひしに                                
亡き人今は 愛しき人なり                         

魂は 先に帰りて ありたるか?           

君の姿見たりと 娘は言ひたり                         

君ありて 我ありしこと 思ひ知る                               
訪のふ人の 影なき日々に                         

亡き君の ラドウの時計 出でにけり                                
ネジ廻さば 甦りたり                          

正月の 三日も過ぎて 夢に出ず                               
亡き人われを 見捨て給ふか


天高く 飛び去り行きし 君なれど                             
そのたまゆらは 我とともにあり                         

名を呼べば 苦しき中に 目蓋開け                                
じっと見つめし 瞳哀しき                         

花束に 囲まれたりし 君の顔                               
黒の眉のみ 見ゆる悲しも                         

幸せの 日々を私に くれしこと                               
今はあなたに 感謝するのみ                         

春来たり 花もほころび 光射せど                                 
心虚しく 濁り溜まりし



骨壺に 触りてみれど 冷たくて                               
君の遺影は ただ笑ひてあり                         

悲しきは 君と暮らせし 明け暮れの                              
日々とともに 遠ざかりしこと                         

春日射す 山辺に切りたる 薪有りぬ                              
割りくる人を 待つがごとくに                         

片足が どうして無いかと 夢の中                              
言葉を聞きて 答えるすべなし                         

メモ帳の 君が綴りし 文字のあと                              
捨てかねつつも 触ってはみる                         

廃品の 一升瓶にも 愛着あり                              
君が飲みたる 空き瓶なれば                                

真紅なる 初花咲けり サボテンの                              
育てし人よ 愛でてありしか                         

パチンコの 前を通れば 胸痛し                                
君と遊びし 日々を想ひて                         

雪降りて 窓辺より見し 山肌に                                
木の葉青めり 亡き人想ふ                           

夜更けて 灯火のもと 想ひしは                                
亡き人のこと 逢ひたき心


めでたけき 初春迎え なほ寂し                              
つがい鳥にて あらぬ身なれば                         

夕暮れの 時間となれば 犬吠えて                               
主の帰り 知らせし如くに                         

ほのかなる 君のぬくもり 想ひつつ                               
今宵一夜も ひとり過ごさん                         

呼吸器を つけたる君は 目蓋開け                            
じっと見つめて また閉じにけり                          

独り寝の 遠くに聞こゆる 虫の音に                                
静かに聞こゆ 秋の訪れ


痛きほど 抱きしめ給ひし 荒き息                              
忘れかねつも 胸痛みてあり                         

思い出の バス停車場 過ぎしとき                             
振り切る如く 目を瞑りける                         

パチンコの 君と行きたる かの台は                             
新しきものと 変わりてありき                         

同窓会 添ひたる人も 果てたれば                              
自由となりて 哀れはかなし                                          

第四部  晩  年


茜色 染みたる夕日に 白き鳥                                 
影写しつつ 飛びにけり                         

蛍光灯 あんなところに ありしかと                             
月と見まごふ わが瞳なり                         

しんしんと 夜は更けゆきて わが手足                            
痛み身にしみ 秋の夜長し                         

初春の 光窓辺に 射したれば                               
病める我は 静かに起き出づ                         

初雪の 花びらのごと 降りしきる                              
重みとなれり 老いたるゆえに

陽にすきて 流るる雲は 春近し                              
明日に向かひて 我、奮い立つ                         

母ととも 月食に向かい 手を合わす                             
幼き日など 月見て想ふ                         

老ひたれば なすこと忘れ しばらくは                            
考えつつも 仕事始めり                         

丘に立ち 見送る電車の 赤き灯に                              
いと心細き 過去を想ひぬ                         

赤とんぼ 空飛びたれば 早々と                              
秋来たりしかと 寂しくぞある

今宵また 雪降り来ぬと 思ひけり                              
足の痛みも 疼きたれば                         

薬など 飲めども 頭重くして                              
また風邪引きし 我が身の弱さ

さいはての 土地に来たりし ここちして                           
病院のベッド 寂しくもあり                         

病室の 娘の買い来し 生花を                               
眺めて 長き一日は終わりぬ                         

トンネルの 如き器械の中に入り                               
残り少なき 命を想ふ

雪降りて 今日暮れゆく 病室の                                
消灯時間 早せまりくる                         

まな板の 鯉の如くに わが身体                               
医師にまかせて 治癒を待つ                         

花瓶なる 造花の如き  らんの花                              
美しく咲きて 我を慰む                         

亡き夫の 顔をさすりて 泣きし姉                              
眺めし我は 涙止まず                         

野球見る そのつかの間は 憂きことも                           
忘れをりけり 心満たせり

茜色なる 夕日落ち 果てなむ一日                              
ようやく 暮れなんとす                          

降りしきる 傘の雫に 濡れながら                              
待つ人もなき 家路を急ぐ                         

風呂焚きつ 眺むる空に 三日月の                              
光輝く 早春の夜

病癒え 帰りて 鏡眺むれば
わが相貌は老人となれり

願わくば 粕淵のかの校庭に
再び我を たたしめたまえ

陽に空きて 流るる雲の 春近し
我にも淡き希望ぞわけり