短歌集1

第一部    初  恋


父と共 ともなひ来たりし その人は                                
初めて愛した かの人なりし                         

あの汽車に 乗りてあらむと ハイヤにて                                
飛べるが如く 粕淵につく                         

君に似し バイクの人を 見しときに                                
胸轟かし 駆け寄りて見る   


君訪ね 愛染かつら 地のごとく                         
行き違いけり もどかしく悲し                         

はからずも 胸患ひし われなれば                               
追わるるが如く 古里に帰る


相見れば 語りし言葉忘れしか                                
君のひざにて 心満たさる                         

ただ二人 いるだけにして 満たさるる                                 
この心をば 恋心かも                         

心ならずも 別れし君に 長崎の土産                                 
送らば 涙せしといふ                         

有福の 温泉にて 過ごせしは                               
君と逢瀬の 最後となりぬ                         

温泉の廊下にたたずみ 写したる                               
写真はなぜか 送られて来ず


川本に君を訪ねて 訪れば                                
われを訪ねて 粕淵にあり                         

終列車 間に合わぬとて 泊まりし                                 
駅より 便り来たりぬ                         

病床の われ訪れる 足音も                                 
君なりしとぞ 覚えけり                         

出張で 明日は来れぬと 言ったひと                                
今宵も 君は 訪れて来ぬ                         

遥かなる道に トラック 止まりしを                                
見れば 君は来たりしなり


抱きしめて 後ろを向けと 言ひながら                                 
送り帰りし 君ぞ悲しも                         

家出して来たと 下宿を 訪ぬれば                                 
君は驚き われは笑ひぬ  


ただ熱き思ひにかられ 逢ひたさに                               
遥か宇部より 帰り来にけり                                             

初恋の 色にも似たる すみれ草                                
君知るや わが熱き想ひを                         

他人の目も わが目も見えず ひたすらに                              
恋焦がれつつ あと追ひにけり


病院の 垣根に咲きし 山茶花を                               
寂しく眺めし 十九の秋                       

チョコレート 好きだと言へば 毎晩のごとく                               
彼は買ひ来たりけり                         

清きまま 夜をともにせし 君の                                
愛の深さよ 男のつらさ                         

幾夜をも 共に過ごせし 君なるに                               
清きままに 別れしを悔ゆ                         

因原の 駅の前にて 泊りし夜                              
熱あるが如く 抱かれ過ごしぬ                         

段魚渓 遠き道をば ただ二人                               
歩みて行くも 短きものなり                         

白き雪 積もりし道を 踏み分けて                               
思いもかけず 君は来たれり                                                  

降り積もる 雪を踏み分け 来るひとぞ                               
熱き想いに 雪よ解けよと                         

落ちんとす 眼鏡をそっと 押し上ぐる                              
君のくせなど なつかしと想ふ                         

抱きたる 君の眼鏡の 頬こする                               
痛さ忘れて 心ときめく                          

遅れじと 空豆畑を 踏みしめて                               
駅に急ぎし 遠き日もあり                         

われ宇部に 帰り来たりて 初恋の                               
十九の春も 終わりとなりぬ

死ぬほどに 愛せし君と 別れしは
義理という名の 世間の掟

奪うれば 奪えしものを 君はただ
やさしく抱きて 別れ行きたり

病院に 父が連れ来し その人は
生涯忘れぬ人とはなれり
 

第二部  出  奔


失ひし 彼への想ひに われを捨て                          
想わぬ人の 子供身ごめり                         


追われるごと 帰り来たりし 父のもと                                  
彼は結婚したりと聞く                         


バナナ売る 駅の前にて 泊まりしは                                  
釜山行きの 船に乗らんと                         


船降りて 知り人の如く 寄り添ひて                                
税関の目をば 逃れ行きたり                         


朝鮮の 列車の中の 明るさは                                
あてなき旅の 哀れ寂しさ                         


汽車にのり バスに揺られて 遥かなる                             
国に着きしは ウルチンといふ街                         



見も知らぬ 土地に来たりて 明日からは                               
いかにせしかと 想ひ悩めり                         


激しき 痛み訪れ つひに我                                
罪の子供は 流産となる                         


警察の 知らせありしか 遠き道                               
父は我をば 迎えに来たれり                         


にんにくの 匂ひ漂ふ 汽車に乗り                                
父と共に 傷つき帰りぬ



うらぶれて 姉の家へと 引き取られ                               
旅の痛みか 病ひとなれり